インド、パキスタン、アフリカの旅 未分類

アフガニスタンに行かなかった今の生活

渡航日:2019/8/2

渡航から一年半経過した現在

首都イスラマバードにあったEDENという看板。

久しぶりに時間ができたので今更ですが、

一年半前に訪れたパキスタンの渡航記を書きます。

思い返せばこの旅から現在までの一年半の間にいろんな事があった。

一番の違いは渡航当時は学生で現在は社会人になった事。

大学を今年の3月に卒業し、

本来であれば今年の8月に西アフリカを訪問する予定だったが、

現実はコロナによって辿るべき道は途絶えていきました。

そんな矢先、

自身の働いていたバーと電気工事の仕事は解雇となっていて伽藍堂な空白となった。

本格的にやる事がなくなって考えた結果

学生時代励まなかった勉強をすることにした。

暇つぶしという理由もありましたが、

一番の理由は

高校から大学まで建築を8年間を学んできたのでそれを無駄にしたくなかったから

その結果、今の勤務先で働く事ができて無事に二級建築士も合格したので

多少ではあるがコロナには感謝している。

話を戻してパキスタンでの出来事について。

パキスタン北部のフンザから陸路で首都イスラマバードに戻ってきた。

ここでの目的は

アフガニスタンの渡航のためのビザの取得であった。

アフガニスタンのビザ取得まで

宿泊したホテル。

ホテルにチェックインした後はアフガニスタンのビザ取得のため大使館を探すことにした。

お得意のgoogle mapでembassy of Afghanistanで探して向かったが、

到着した場所には大使館は存在せずに一度ホテルに戻ることにした。

その後も模索をしていたら、いきなり一人のタクシードライバーが声をかけてきて

大使館の場所を知っているとのこと。

すぐに連れてってもらうことにしてタクシーに乗った。

その後にやたらと個人のことや宿泊先のことを聞いてくる。

時間が経つに連れ振る舞いがエスカレートして行き、腕にキスをしてきたり太ももを揉まれたり、、。

これまでにいろんな事があったが、なかなかの体験でした。

大使館に到着した後はビザが取得可能かどうかを願うだけ。

アフガニスタンに良い印象を持つ人が少ない分ビザの入手が困難である。

これに関しては願うのみで、結果としては取得可能であった。

その後に申請するが金額は180$で申請日した日が金曜日で発行の完了は月曜日とのこと。

1週間後にインドからエリトリアまでの飛行機を予約していた為

悩むに悩んだ結果、アフガニスタンの渡航は諦めてしまった。

その数ヶ月後に中村医師がアフガニスタンで銃殺、コロナウイルスと渡航まではほど遠いものとなった。

後悔にはせず反省として

首都イスラマバードの最大のモスク ファイサルモスク

これまでにないチャンスを時間とお金で行かなかったことは後悔している。

後悔だけで終わらせるつもりは一切ないのでアフガニスタンには必ず渡航する。

今後渡航ができたら今回の出来事は

”行かなかった後悔”ではなく”準備不足という反省”で塗り替える事ができる。

一度しかないセーブ不可能なこの人生の行く末は自身で決める。

いつか来るその日を楽しみとして今しかできないことを十分に楽しみます。

アフガニスタンビザを諦めた後は次の計画を練ることにした。

この日は街を観光することにしてイスラマバード最大のモスクであるファイサルモスクへ足を運んだ。

モダンなデザインかつ白い要塞のような建物には圧巻された。

モスク内部に入るとアジア人である僕はとにかく注目の的だった。

色んな人から声をかけられたり、写真を求められる。

日本で生活していたらこんなことは滅多にないでしょう。

まるで人気者になった気分である。

自己肯定感がましてきて楽しくなったので心に支障が出たらこの国はおすすめである。

するとここでとある青年に話しかけられてご飯に誘われた。

交流がてらこの人達と夜ご飯を食べることにした。

連絡先を渡して一度ホテルに戻って明日の準備をしていた。

ルーティン

イスラマバードのKFC

海外旅行をしていた時にはKFCがあれば必ず食べに行っていた。

理由としてはどこでも味に大差がないのと安心して食べられるから。

KFCに訪れた回数はとんでもなく多いのでKFCアンバサダーになりたいくらいだ。

相変わらずロゴのカーネルは満面の笑みで歓迎してくれる。

これだからKFCはやめることができない。

そんなことをいいつつも今現在は揚げ物すら食べれない体になってしまった。

ずいぶんと老いてしまいました。

今後の海外渡航や生活が心配であるが先のことは今考えても仕方がない。

その時に考えましょう。

イスラマバードのKFC

KFCで注文していると隣の人が声をかけてきた。

「君はどこから来たのかな?この国に外国人がいるのは珍しいぜ」

そんなことを言われたので日本から来たと答えると大歓迎された。

確かにあたりを見渡すとパキスタンの人から見た外国人という存在は見当たらない。

逆を返せば僕から見たら全員外国人である。

歯に物が突っかかった状態のような感覚である。

深いことは考えずにKFCを食べ続けることにした。

安定の美味しさで心も体も満たされました。

現地の少年たちとの交流

晩飯の様子

モスクで出会った少年たちと合流してピザハットで食べることにした。

ホテルからは少し離れた場所にあったのでUBERを使って移動をする。

今となっては日本でUBERは日常で使う機会が増えてきたが、一年半前はUBERの認知度は低い印象であった。

海外で流行しているものピックアップしていくことは大きなチャンスである。

そんなことを働き出した時に気がつくのでどんなときもアンテナを立てておくことは重要だ。

彼らとはお互いの国の日常について聞いたり、

店内で流れていたクリケットの試合を見ながらのんびりしていた。

余談だが、パキスタンではクリケットが大人気のスポーツである。

ウルドゥー語で記された屋台のメニュー

ご飯を食べ終わった後は街を案内してもらう。

日中はアフガニスタンの渡航を諦めて気分が沈んでいたが、

気がつくとそのことを忘れるくらいにこの街を楽しんでいた。

パキスタンの公用語はウルドゥー語というもので僕は全く読む事ができなかった。

パキスタンもインドと同様にイギリス領だったので英語は問題なく通じる。

僕自身、綺麗な宿よりも写真のような屋台の方が好きなのでこういう場所を歩いてデートをしてみたいものです。

パキスタンは危ない印象があったが、かなり平和な街だと感じた。

どんな国であってもいい人も悪い人も存在する。

先入観だけで生きていくと時に損をする可能性もある。

次の街へ

イスラマバードで食べたチャーハン

翌朝朝一でイスラマバードからサッカルという街へ向かう。

出発前に昨日の彼らと合流してチャーハンを食べてお別れをする。

偶然モスクで出会っただけなのにここまで手厚くしていただいたので人生は悪くない。

その一方、人に優しくされるといつだって別れというものは悲しいものだ。

次会えるのはいつかはわからないがまた会えることを願って。

最後にUBERを手配するためにテザリングをさせてもらったりと感謝しかありません。

この気持ちは忘れないようにこの記事に書いておきます。

イスラマバードの下町

一年半前のことで記憶が抜けてきているので何かに記録しておくことは非常に大切だと思います。

海外にいく事が非常に困難になった今、

この状況でもできることや楽しめることをやって次の形に動かすだけです。

アフガニスタンの行き方や詳しい情報を載せようとも考えましたが、

圧倒的に需要がないので興味ある方は個人的に連絡をただければと思います。

イスラマバードから次に向かうのはサッカルという街。

この近くには有名なインダス文明の遺跡 モヘンジョ=ダロがあるので観に行く。

バスに20時間乗って移動します。

その出来事はまた次回へ。

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