インド、パキスタン、アフリカの旅

インダス川の街サッカルの観光とインドに戻るまで

渡航日:2019年8月4日

バスの予約

ラホール行きのバスを予約した場所

モヘンジョ=ダロの観光を終えてパキスタンでの目的は達成されたのでインドへ戻ることにした。

インドとの国境の町ラホールで一泊しようか検討したが、

宿の汚さと値段を考えるとこの日のうちにパキスタンを出国してインドへ行くのが賢明と判断した。

早速バス会社でラホール行きのバスを予約することにしたが、出発まで3時間近く時間があったのでサッカルを観光することにした。

バス会社の前にはトゥクトゥクが居座っていたので一番値段が安い人に乗せてもらうことにした。

その際の揉め事や付いてくる乞食や野良犬、、、、、

割とカオスな環境で今思い出すと面白いと感じる。

渡航当時はこの辺り周辺は治安が不安定なため少し恐怖を感じていた。

いつだって初めて訪れた街は土地勘がないので警戒心が強くなる。

これは国内にいても海外にいても変わりません。

いろんな国や地域を訪れてきたが、ビビリな自分はなおりません。

ビビリだからこそ慎重に旅をしている証拠だと捉えます。

早速サッカルを目指して出発します。

サッカルへ向かう途中のインダス川

バス会社からサッカルまではサッカルバラージと呼ばれる橋を渡ればすぐなので横に流れるインダス川を眺めながら移動していた。

この川の上流は前半に訪れたフンザからスタートして終着点は南部の街カラチまでとなっている。

パキスタンは北部と南部だと気候や文化が異なるので一つの国で二度楽しめる。

日本でいう沖縄と北海道という存在に近い。

道路は舗装されていない部分もあり砂埃がひどかったのでマスクを持っていくことをオススメする。

この辺り周辺は砂埃がとにかくひどい。

パキスタンだけではなくお隣インドも同様である。

こう思うと日本のインフラは最高峰だと改めて感じています。

やることはただ一つ

サッカルの入り口

サッカルには特別何かがあるわけでもないのでメインでやることはKFCを食べるのみ。

現地の人と交流!とも言いたいが、個人的には後々面倒になるので極力人と交流しないようにしている。

これが時としては吉と出るか凶と出るかはわからないが、

今現在をちゃんと生きているので交流はなくても大丈夫だろう。

そうは言いつつも実際は出会いには必ず別れがつきものなのでそれが個人的に嫌ということもある。

いくらいろんなことを経験したり、学んだところで弱い自分の本質はなかなか変わらないのが現実。

この感情はどこからが生まれて始まったものなのか?

こんなことを考えてもキリがないことは理解している。

どんな人でもそうだが、物事には何かしら答えを求めたくなる時がある。

正解不正解がないことはわかっているのにも関わらずだ。

色々考え込んだ時は全て気にするのをやめるか、あるいは寝るのが一番である。

サッカルのKFC

KFCに到着していつものチキンと米料理があれば頼むようにしている。

アジア、中東エリアにはターメリックライスのチキンの丼がメニューにある。

これまでにエジプト、ヨルダン、パレスチナで同じようなご飯をいただいたが、どれも美味しかった。

日本人だからというのはわからないが、米はやはりうまい。

旅をしているとたまに日本の米が恋しくなる時がある。

幸せを噛み締めながら米を頬張って一人幸せを感じていた。

食べ終わった後は予約したバス会社に戻るために外に出たが、ここで驚きの光景を見た。

KFCの入り口に機関銃を持った警備員のおっちゃんがいた。

これには驚いてしまい、思わず話しかけてしまった。

どうやらこの辺りはたまにテロがあるとのことで大半の場所には機関銃持ちの警備員がいるとのこと。

つくづく日本が平和と思った瞬間だった。

川沿いの住民たち

インダス川沿いの街並み

写真はKFCの裏の街の様子である。

KFCの建物は日本と差がないほどに綺麗な場所だったが、建物のすぐ後ろは壊滅的な様子てある。

ゴミだらけで水牛が泳いでいて、野良犬などがたくさん居座っている。

インドのガンジス川に行ったことはないが、おそらくこれよりもひどいか同等か。

貧富の差が明らかでなんと発言していいのかがわからない。

個人の感覚だが、貧困者は川沿いに住んでいることが多い。

建築学的からの考察だと、

川沿いは建物の最も重要な地面が軟弱であることから住むに適していない場所だからだと読み取れる。

川が氾濫した時に真っ先に被害を受けるのは川沿いの民家である。

この光景にはいろんなことを考えさせられる。

インダス川

少し歩くとゴミだらけの場所から抜け出して人の多く集まる場所に到着した。

なぜだかわからないが、日本で過ごしている人と比べて明るく活気のある人が多い。

誰がどう見ても日本の人の方がいい生活をしていると思うが、幸福度はなんとも言えない。

人というのは何かを手にするとまた次に何かを得たくなる貪欲な感情を持っている。

その感情が強ければ強いほど本当に大切なものを失ってしまう。

そして失ってから当たり前というものに感謝をするようになる。

だとすると、日本の生活はなんだかんだでコスパが悪いとも読み取れてしまう。

まるで金をめちゃくちゃ稼いでるのにストレスでその分浪費で使ってしまうような。

ここで言いたいのは、

人は死んだら何も持っていくことはできない。

ウルドゥー語を学ぶ

バスのモニター

サッカルの観光を終えていよいよパキスタンを出国することにした。

バスの中にはWI-FIがあって、モニターもあるので映画やアニメが見ることができる。

パキスタンのバスで一番設備が充実していた。

言語設定は英語とウルドゥー語の二択だったので勉強がてらウルドゥー語にした。

みるものはただ一つ、ドラえもんだ。

当然のことではあるが何を言っているかは一切分からない。

流石に楽しむことができないので英語に切り替えてみた。

ドラえもん

英語なら理解できると思いましたが、言語は苦手なのでダメでした。

視聴してから10分くらいしてすぐに眠りにつきました。

自身どこでも寝れる人なので眠い時はすぐに寝てしまう。

社会人になった現在は会議でよく寝てしまうので大変である。

余談だが、海外のバスで寝る時は盗難には気をつけて眠りましょう。

中南米は容赦無く荷物や貴重品を盗んできます。

そして盗まれた時は追いかけないように。

これは私とのお約束です。

休憩時間のご飯

休憩所の屋台

バスが出発して5〜6時間が経過。

街は暗くなり、休憩の時間となった。

海外バスの休憩に置いてかれないかいつも不安になってしまう。

そのため何時に出発するかをしつこく聞いてバスのナンバーをしっかりと覚えておく。

万が一置いてかれてもいいように荷物は全部持っておく。

いつもここまで入念にしているが、今までバスにおいてかれた事は一度もない。

これからもこのスタイルは継続していく。

休憩時に見つけた屋台でご飯を食べることにする。

とりあえず悩んだらフライド〇〇を頼んでおけば大丈夫だろう。

今回はフライドライスを注文した。

屋台の飯

フライドライスはチャーハンのことであり、基本外れには遭遇しない。

値段も300円ほどと安くてちゃんと量もあるので貧困層の僕にとっては非常にありがたい。

ご飯を食べている時、向かい側に同じバスの人が座ってきて声をかけてきた。

どうやら彼は南部の街カラチからきたらしく、仕事でイスラマバードへ向かっている途中だと。

今回はカラチに行くことができなかったので彼の話を色々聞かせてもらった。

次回必ずカラチに行くことを決意して僕はバスに戻った。

この後は目的地ラホールまでゆっくり寝ておりました。

出国前に起きたこと

インドとの国境沿いの道路

ラホールに到着してすぐにインドに戻ることにした。

理由としてはインドに比べて治安が不安定であるのと用事が済んだからである。

インドとの国境まではリキシャを乗合にして目指すことにした。

その帰り道の途中に現地の少年たちに煽られたり、中指を立てられたり。

インドから来た時は歓迎ムードだったが帰り道は異なった。

あまりにもムカついたので彼らのバイクの前輪に向かってペットボトルを投げたら退散した、

どの国にいても変な人は存在するので今後も気をつけたいと思う。

そして、国境に到着して無事に出国。

行きにビザを発行してくれた審査官がいなかったので安心した。

彼からは滞在期間中、毎日のようにメッセージが来て大変だった。

ワガ国境

出国した後に日本人に遭遇して少しお話をした。

僕からは同性愛者に気をつけてくれと助言をしておいた。

ここで勘違いして欲しくないのは同性愛者を批判しているわけではない。

同性愛者だからといって、同性に無理やりキスしたりしつこく連絡する事はおかしいという事。

最低限の人間としてのルールを守って行動してほしい。

感情だけで動くのは動物となんら変わりはない。

そんなことを思う約一週間のパキスタンの渡航でした。

インドに戻ってからはすぐ近くのアムリトサルを目指して進みました。

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