ブラジルまでの旅

パレスチナのヘブロンで見たイスラエルとパレスチナの2カ国の関係。

ヘブロンへの行き方

ベツレヘムからヘブロンへ。

行き方はベツレヘムのオールドシティの近くにヘブロン行きのバンがある。

片道17シュケルでヘブロンのガソスタの前にとまる。

ヘブロンに向かう方はあまりいないのでバンの中は余裕がある。

到着後に少し歩けばAl shuhada streetという通りに到着。

この場所は1994年のヘブロンでの虐殺事件の後に閉鎖された元商店街である。

その後一度は開放されたもののパレスチナ人の抵抗運動によって再び閉鎖された。

この周辺は銃撃戦の痕が見られる。

2カ国が対立しあった場所だ。

パレスチナはA.B.Cの地区の三つに分かれている。

A地区:イスラエルが一応撤退していて、行政も治安もパレスチナが権限を持っている。

B地区:行政はパレスチナ、治安はイスラエルが権限を持っています。

C地区:治安もイスラエルが実権を握っています。

A地区は全部で7都市あり、ヘブロンもその中の一つだ。

しかしヘブロンは特殊な街である。

A地区のはずなのに80%がパレスチナ20%がイスラエルという形で形成されている。

死んだ街

このあたりは旧市街の外れであり非常に廃れている。

かつてこの場所はパレスチナ人が住んでいた場所でゴーストタウン化している。

最初に来た時は何が起きたのかが全くわからなかった。

ふつうに歩いていると気がつかないがバンを降りた場所がH1と言われるムスリムのエリア。

そして今いる場所がH2がユダヤもムスリムもいるエリア。

かつてのヘブロンの旧市街はH2のエリアに含まれるのでユダヤ人が住んでいる。

つまりは

"イスラエルにほぼ占領された街"

と言う事である。

このあたりはイスラエル軍が常時パレスチナ人を監視しており異様な雰囲気である。

ここにいるイスラエル軍は徴兵で来た若者が多い印象だ。

複雑な旧市街

旧市街に行くと人が多くお土産屋さんを多くみかける。

しかし旧市街はすぐに複雑な環境下という事を感じる。

一階部分はパレスチナ人が住んでいて二階部分にはユダヤ人がいる。

そしてユダヤ人は上から物を落としたりと嫌がらせをするのだ。

なので旧市街の上をみると屋根などが取り付けられていて多くのゴミが溜まっている。

奥に進むにつれて人が少なくなる。

ユダヤ人に悪質な嫌がらせを受けたパレスチナ人はこの場所を離れるしか無いのだ。

これがパレスチナ難民と言われる人達である。

17万人ほどのパレスチナ人が住むこのヘブロン

現在は500人のユダヤ人入植者が500人の兵士に守られて住んでいる。

入植者が持っている土地はヘブロンの3%ほどだが、住む人を守るためにはそれを取り囲む20%が必要とのイスラエル軍は主張。

そしてその20%の土地が先ほどから通った廃れた街である。

そのせいもあり死んだ街が出来上がった。

ここでみかけるとは思わなかった

旧市街をあるいているとJICAのマークを見つける。

これがなんだかんだ驚かされたでしょう。

旧市街を観光地化するために整備をしたのは日本のJICAだと。

至る所にJICAのマークを見るのでパレスチナがより身近に感じた。

これを知ってしまったからにはパレスチナについて興味を持ってしまう。

ヘブロンは2017年に世界遺産に登録された。

パレスチナ自治区で三件目の世界遺産である。

しかし、イスラエルとパレスチナの国交状況により同時に危機世界遺産にも登録される。

僕が訪れた当初(2018年7月)は外務省の危険レベルは3であり渡航中止勧告が出されていた。

現在(2019年3月)の外務省の危険レベルは2であり、不要不急の渡航中止と少し穏やかになっている。

だがこの場所はいつ何が起きるかわからないので渡航の際は気をつけてください。

支配

旧市街の奥を進むと検問所がある。

この場所には厳重に警備が施されているので迂闊な行動は控えましょう。

この先にはアブラハムモスクマクペラの洞穴)という観光スポットがある。

キリスト教・イスラム教・ユダヤ教の祖であるアブラハムやその家族の墓があると信じられる場所である。

3つの宗教の重要な聖地となっています。

ここに入る前にパレスチナ人に声を掛けられてガイドのお誘いを受けたが断った。

あまりにもしつこくて逃げても追いかけてくる。

この時はパレスチナについて何も知らなかったので話を聞くべきだと感じた。

追いかけられてる時にある柵を越えた途端、急について来なくなった。

どうやら僕が入った場所はイスラエルの占領地であった。

今思うとなんとも言えない状況である。

入った場所は

ムスリム・パート入り口で荷物の検査をして入場したが、周りの人に色々と言われて引き下がって入れなかった。

言葉が全く通じなかったので話にならず終わってしまった。

そのかわりイスラエル軍の建物の角を左に曲がった所のイスラエル・パートへ入る。

ここでも荷物検査をしてキッパを被って館内を見学。

館内はユダヤ教の施設であり勉強をしている人がいる。

真夏なので扇風機が回っていて目の前で居座っていた。

特にこれといったものもなく一周したところですぐに退出。

今だから言えることは、

イスラエルやパレスチナに行く時は宗教や歴史についてしっかり学びましょう。

その方がこの2カ国や宗教について多くのことを知ることができます。

身をひそめる者

先ほどの旧市街へ戻りエルサレムに帰る準備をする。

街を歩いた感じ中南米のような強盗やひったくりが起きそうな雰囲気は感じなかったので奥地を歩いてみる。

旧市街の上部は相変わらずゴミだらけであり場所によっては建物が半壊している。

閉ざされた空間である。

しばらく街を歩くと何者かがついてきた。

そう、この子たちである。

猫たちはユダヤ人が投げたゴミなどを漁って生活している。

なので歩いていれば何匹か見かけるでしょう。

ユダヤ人が投げたゴミに猫が集まるのも何か嫌な感じである。

彼らの嫌がらせ行為はゴミを落とすだけでなく、入り口を溶接して閉じ込めたりする事も。

ひどい話である。

平和とは?

この街を歩いて感じたのは

"最も人権侵害をされている最悪な場所"

だと。

自分達の住処を勝手に占領され、それによる虐殺。

そのあとは住んでる者に対して嫌がらせ行為をしてはテロリストとして扱い常時見張りがつく。

平和とは何か?と感じてしまった瞬間だ。

今後はどうなるのかが心配である。

命の危機

帰り道に機関銃を持った女性兵士達がいた。

"何が起こるんだろう?"

と見ていた瞬間、銃撃戦が始まった。

その瞬間ダッシュで逃げた。

ヘブロンはパレスチナのA地区であるため、そこにイスラエル軍が入り占領地を広げようとしている。

なのでいつ何が起こるかわからないのでとにかく逃げた。

無事だったが地図を見ずに走ったので迷子になる。

帰りのバン乗り場が分からずあたりをフラフラする。

このあたりはどうやらH1のエリアでパレスチナ人地区であるため英語が通じない。

すると二人の少年が声を掛けてくれてバン乗り場を教えてた。

お礼と同時に名前を聞くと二人ともムハンマドだと。

アラブ人に名前にムハンマドは非常に多い。

今でも彼らの親切さと笑顔は濃い印象が残っている。

そして無事にエルサレムへ帰宅。

-ブラジルまでの旅

© 2020 空飛ぶ渡航記 Powered by AFFINGER5