ブラジルの生活

ブラジル生活の主な一日の流れ

ブラジル渡航の目的

ブラジルの渡航目的はこの場所にある日系人の古民家の調査のため。

本来は大学を一年休学して世界を周ろうと思ってたところ大学教授に

"色んな国を短期で転々とするよりたまには1カ国に留まってみたらどうだ?"

と言われて教授が課外で行なっているこのレジストロでの調査を勧められた。

誰にも相談することなく即決で

"行きます!!"

と言ったことは忘れない。

渡航前は週10〜12で働いており血を吐いたのも忘れない。

そんなこともあり下調べせずにこの地に来てしまった。

なので調査を開始する1ヶ月前は二人の建築士の事務所に訪れて下調べをしていた。

図面を書くためにAuto Cadを少し触っていた。

普段は日本のJW CADを使っており、操作に困っていた。

英語表記はもちろん、大学一年時に少し触った程度で完全に忘れていた。

国内で当たり前に使ってたものが海を越えた瞬間、全く役に立たないと感じた時。

日本基準で生きていた自分に悔しさがあった。

ブラジルの働き方

日本の設計事務所だと残業が多いイメージだが僕のいた事務所は異なる。

朝は8:30出勤であり、当たり前のように10〜15分遅れてくる。

スーツでは無く基本的に私服である。

そして10〜10:30あたりで少し休憩が入る。

この時に飲むコーヒーやパンが美味しい。

ブラジルのコーヒーは非常に甘いので飲み過ぎには注意。

12:00〜13:30に昼飯休憩で17:30には退社。

残業は遅くても18:00くらいまで。

非常に良い労働環境である。

しかし経営者は毎日夜遅くまで残り、朝早く出勤しており誰よりもがんばっていた。

この場所は年功序列というものをあまり感じなかった。

豪華な昼ごはん

昼ごはんについて。

平日の勤務日は近くのハイウェイにあるレストランでご飯をいただく。

この場所は建築士の方が設計したため、食事を無料という契約を結んでいる。

非常に賢い契約と感じた。

4〜5件のレストランを設計していて食事が無料なので食べることには困らなくなる。

それだけでなく移動も多い分ガソリンも週一で無料と驚き。

賢い人ほど成功するのはまさにこのこと。

レストランの一部にはちょっとしたオブジェなどがある。

僕が訪れたレストランは飼育小屋を設計中で滞在中何度も足を運んだ。

レストランだけでなく+αすることでより楽しめる工夫になっている。

さらに細かくいうとレストラン利用者は裕福な人が多いためセキュリティ面はもちろん、いつでも優雅に楽しむ工夫がされている。

例としてはトラックの運転手や労働者とお客さんを別の空間にしている。

運転手の方は24時間利用するためいつでもゆっくりできるようになっている。

問題解決から生まれた空間である。

10キロ太った原因

そしてこれがレストラン内部。

入り口でバーコード付きのカードを受け取って入場。

食べ物はビュッフェ形式で重さによって値段が変わる。

どれをとっても重さで値段が決まるので肉ばかりを取っていた。

このシステムのおかげで食べ残しが減るとのこと。

ブラジルの人は無駄遣いが多いため生まれたシステムである。

このくらいで1500〜2000円となかなかの値段はするが非常に美味しい。

しかし味付けは濃くてしょっぱいため喉が乾く。

水が有料なため飲み物を飲むのに躊躇いがあった。

いくら無料といっても毎回食べてると申し訳なくなる。

オススメの料理はやはりフェジョアーダシュラスコパルミットといったブラジル料理である。

魚料理もブラジルで自炊する事がないためオススメだ。

今も残る古民家

古民家調査の現地訪問をする。

この場所はレジストロの中心地から車で30分ほど進んだ山奥にある。

かつてはこの場所に日本人移民者が入植しており、250m×1000mの区画した敷地に生活をしていた。

僕が調査を依頼された建物は3件。

一つ目はこの写真に写っている北川家Rokugawa-ke)。

日本語の読み方は"ろくがわ"であるが、ポルトガル語だとRはHの発音になるため"ほくがわ"となり、漢字表記で北川となっている。

非常に紛らわしいためどっちが正しい方か理解している人がいる少ない。

建物は半壊状態で現地の人が木を組み立ててなんとか形を維持している。

ブラジルは地震がないためこのような補強でも大丈夫だが時間との問題。

木造建築かつ土壁でできているため雨には弱い。

さらに屋根がない為雨が浸透して建物の老朽化が早い。

本来建物の基礎はコンクリートで作られる事がほとんどだが、この家はレンガである。

これでも建物が崩れないこの場所はすごいと感じた。

むしろ日本は災害が多過ぎるんだと感じた。

動物の巣窟

二つ目は深川家Fukagawa-ke)。

こちらは先ほどと比べると建物の状態は非常にいい。

屋根も残っていて壁もしっかり残っている。

しかし状態がいいが扉部分は常に開いているので動物の住処になっている。

この中には非常に多くのコウモリが住んでいる。

なので中に入ると悲惨な光景である。

中はあまりにも酷いので調査前の下調べは周辺を散策。

当時使っていたものがずっと放置されているので時代を感じる。

僕が生まれる前から放置されているので昭和を感じるものもある。

蓄音機が置いてあった時は感動した。

二階部分に上がった時は床や天井が抜けており虫の死骸だらけで最悪だった。

特に手のひらサイズの蜘蛛の死骸があった時は寒気がした。

虫嫌いの自分には最悪の場所だった。

山奥に潜む教会

そして三つ目は深川家から歩いてすぐにある教会。

この教会は修復工事がされており月に何回か使用されているとのこと。

山奥なのに綺麗なトイレがあるので使わせていただいた。

日本式の建物の教会なので和と洋の混ざったものである。

建物は綺麗であるが屋根が複雑な日本様式のつくりだったため屋根だけは僕の力では調査ができなかった。

周辺は自然豊かであるため日本で見ることができない植物がたくさんある。

しかしこの場所は自然保護区であるため植物の伐採や持ち帰りは重罪である。

話を聞くと殺人よりも罪が重いとのこと。

人の命よりも植物の方が尊重されているとはなんともいえない。

とにかく毎日が驚くことだらけである。

退勤後

退勤した後は家にいる事がほとんどだが、たまに街を散歩する。

この街はブラジルでも珍しく夜でも歩ける街である。

一番のメイン広場はKKKK海外興業株式会社)やsescと呼ばれるイベントスペースである。

この場所で1500年代に金の登録作業が行われていた。

なので前回の記事でも言ったが登録(registro)と言う地名がついた。

WIFIもあり、カフェや資料館、さらに卓球スペースがあるのでなかなか楽しめる。

日本でいう地区センターみたいな役割である。

sescから少し進んだ場所にはバスケットコートがある。

毎週水、金、土の18:30〜20:00頃ここでバスケをするのが日課であった。

来た当初は誰も言葉が通じずに困ったがボール一つで会話をした。

なので滞在中は楽しむことができたが、バスケット経験者はいない。

それでもいろんな人とするバスケットは楽しい。

こんな感じでブラジル生活を送っていた。

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