ブラジルの父の日のイベント時に見た知られざる秘境。

ブラジルの父の日のイベント時に見た知られざる秘境。

またまた山奥へ

2018年8月13日。

この日は8月の第2日曜日でブラジルでは父の日である。

日本やその他の国は基本的に6月の第3日曜日である。

米国が発祥であり、初めて「父の日」が祝われたのは1910年6月19日。

ソノラ・ルイス・ドッドという女性が父親のウィリアム・ジャクソン・スマートを称えたのが始まりである。

ウィリアムは南北戦争の生き残りで妻に先立たれた後は男手一つで子育てをした。

娘のソノラは教会で母の日の説教を聞いている時に「父の日」もあるべきと考えが浮かんだ。

一方のブラジルは聖母マリアの父親であるサン・ジョアキンが大きく関係している。

サン・ジョアキンの日である8月16日を家族で祝いやすくするために8月の第二日曜日を父の日にした。

ブラジルでは大きなイベントであるためこの日は山奥にある施設へ。

レジストロから車で30分ほどのラッポザという場所に到着。

この場所で父の日のイベントが行われる。

この日はレジストロ市内だけでなくサンパウロ郊外から来ている人もいた。

主にここに集まる人は日系人の人達であるが他にも色んな方が足を運んでいた。

僕が到着した頃には既に会場は賑わっていた。

父の日

ブラジルの父の日は非常に特別な日である。

話によると刑務所にいる人も日頃の行いがいいとこの日だけは釈放が認められているとのこと。

いかに家族を大切に暮らしている国であるかがよくわかる。

しかし仮釈放しても戻ってくる人は半々らしい。

この国は犯罪が多すぎる分多少緩いところがある。

果たしてこれはいいことなのか?

このイベントでもそうだが、レジストロ周辺で行われるイベントでは基本的に日本食である。

主に天ぷらや麺類、煮物といった海外でなかなか食べれない日本食が気軽に食べれる。

もちろん寿司もあるが基本的にサーモンのみ。

稀に大きいイベントでマグロやエビなども食べることができる。

なので滞在期間は一切食事に困ることがなかった。

唯一困ったとすると横浜家系ラーメンが食べれなかった。

タイムスリップ

外には大勢の人が輪になって盛り上がっていた。

どうやら餅つきをしているらしい。

僕が生まれた頃には家庭で餅つきなどはしないのですごい光景をみれた。

まるでタイムスリップをしたような感覚。

ここにいる人の多くは餅つきをして育ってきたとのこと。

昔の日本の風習が今もなお日本の裏側で根強く残っているので楽しめる。

ここにいる人の方が僕よりも日本について多くのことを知っている。

少なくてもここにいる人たちはいままでに多くの経験をされているからだと考えられる。

そしていよいよ待ちに待ったお食事。

ビールを飲みつつありとあらゆるご飯を片っ端から取っていく。

自分の貪欲さがこの写真から伝わるので少し恥ずかしい。

肝心な味だが非常に美味しい。

ただ和食本来の薄味というものはあまり期待しない方がいい。

中には味付けの濃いものもあればそうでないものある。

酒があれば丁度いい味付けだ。

極論僕はたべれれば何でも美味しいので大満足である。

周辺の散歩

食べ終わったあとは会場はカラオケ大会で大盛り上がり。

この地域ではカラオケが非常に人気であり大会でサンパウロ郊外まで行くほどである。

曲は主に演歌であり、おそらく70〜80年代の曲だろう。

何も知らない僕は少し周辺を散歩する事にした。

座ってじっとしてるより歩き回ってた方が好きなので。

この性格のおかげで海外に踏み出せたと思っている。

あたりは山に囲まれてるためお店などは当然ない。

街灯も一つもない場所である。

そのため空が広くてのんびりとした景色だ。

何もない緑が生い茂った場所が僕は好きである。

おそらく緑が好きなので多分疲れているのだろう。

人生に疲れたらまた行きたい場所である。

レジストロにはいつ戻る事ができるのか?

時期は冬だが

写真を見ると夏を感じると思うが時期は冬である。

しかし日中は暖かく過ごしやすい。

冬なのにたまに暑い日があるので体調は崩しやすい。

冬の夜はとても寒く来た時には驚いた。

部屋には冷房のみだったので起きる時は大変だった。

聞いた話だがブラジルの南部で雪が降るとのこと。

一度はブラジルで雪を見てみたい。

空が晴れていると心も晴れてくる。

正直にいうとブラジルでの滞在期間は悩む事が多すぎた。

多くは語らないがおそらく20代前半にやってくる謎の不安だろう。

特に僕は普通に生きるのを辞める覚悟をしている分不安が多い。

普通でも生きていけるが自分が何者か分からずただ生きてるのは嫌だと。

人生は一度きりなのでやりたいことは全部やると。

僕の周りは人生が一回しかないことをあまりにも認知してる人が少なすぎる。

金や時間を言い訳にしてやりたいことを諦めてる人をみると

“何のための人生なんだ?”

と思う。

時間というものは誰もが唯一平等に持っているもの。

お金が仮になくても安く抑える工夫を考えればいい。

ただ単に働いてると思考が停止して“工夫する努力”を失う。

何かを成し遂げるためには“努力”ではなく“工夫”をする。

努力はどんな人でも何かしらの形でしているため工夫をする事が大切。

名もなき古民家

話を戻して引き続き周辺を散策。

この辺りも日本人移民者が入植した場所でもあるので古民家が残されている。

昔は100件以上に建ち並んでた民家もいまは20件ほどである。

形あるものはいずれ壊れるとはまさに事である。

人はもう住んでいないため中を覗いてみる。

この建物は小規模なため特にこれといったものは見れなかった。

すこし生活していた跡が見えたくらいだ。

この周辺を歩いていると他に散歩していた方がいたので共に行動することにする。

彼らはサンパウロリベルダーデから来たとの事。

リベルダーデはブラジルで最も有名な日本人街なのでおそらく知ってる人が多いだろう。

あの街ではすき家を食べる事ができるので僕は大好きだ。

知られざる秘境

先ほど合流した方の車に乗せてもらい、さらに奥地へ進む。

案内された場所は合流した人がかつて住んでいた場所。

完全な私有地であるため知られざる秘境である。

入り口は南京錠で締めているだけなので入ろうと思えばいつでも入ることが出来る。

しかしこの国での法律では私有地に不法侵入した人はどんな理由であれ銃の発砲が許可されているとのこと。

ブラジルでの不法侵入は“死”を覚悟した方がいい。

レジストロは山に覆われているが海に近い平地でもあるため標高が低く風が穏やか。

そのため湖や池は鏡のようになり絶景が生まれる。

この絶景が特に何でもないただの自然の景色。

やはりブラジルは恐ろしい国である。

自然を求めるならブラジルが世界一だと言われるのも納得である。

この景色を私有地として持つ事ができるのは羨ましい。

僕はそんな事をずっと思っていた。

しかしレジストロサンパウロに移民された人の話を聞くと相当な苦労があったのでそんな呑気な事は言えない。

苦労した話を聞いてみると言語の取得が苦労したとのこと。

あとは日本に帰る事が容易でないことや友人と離れることが辛いと。

さらに驚いたのは親日の国でもアジア人差別が当たり前にあるらしい。

貴重な話をたくさん聞けた。

最後に感じたもの

イベントが終わり最後はお父さんたちが集まり写真撮影。

非常に平和を感じた瞬間であった。

ここには僕の父はいないのでこの時に自分の両親について考えていた。

現状は恩を仇で返しすぎて正直合わせる顔が無いのが事実。

自分のやりたい事が多いためワガママを言いすぎて迷惑をかけている。

“これまでしたことは果たして正しいことなのか?”

と思う反面これまでしたことは決して間違いじゃないと言えるようにしたい。

なので今後は大きく跳ね上がるように今は踏ん張り時なのでもうすこし迷惑かけます。

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