ブラジルから日本を目指す旅

ハイチの世界遺産ラフェリエール城の観光

渡航日:2018/12/2

救世主

世界遺産シタデルのもう一つの城砦であるラフェリエール城を目指していた。

片道10kmの道をひたすら歩く。

トレッキングどころか登山のレベルである。

この際に水を持っておらず脱水症状で死にかけていた。

倒れる寸前にとある青年と出会い、飲み物を要求した。

すると彼はいきなり木の上に登り始めてヤシの実を取ってきた。

これには非常に驚いて思わず声が出てしまった。

そして持っていたナイフで中を開けてくれて僕は無事に救われた。

ちなみに値段は1USD。

1USDで命が救われて面白いものを見せてもらった。

僕の住んでる横浜にはヤシの木はないので見ることができないだろう。

到着?

歩き続けること2〜3時間。

目的地であるラフェリエールの入り口に到着。

と、思っていたが城の姿は見えない。

どうやらここでチケットを確認してまた30分ほど登るとのこと。

なので下のサン=スーシー城で買ったチケットは捨てずに持っておきましょう。

この周辺はロバの糞で非常に臭い。

そしてまた果てしない道を歩き続ける。

頂上付近は景色が良くて歩いてるのが楽しかった。

道の途中で出会った現地の人が無料で案内してくれると言ってくれた。

結局は20ドルくらい払ったのでこの国も無料という言葉は存在しない。

そもそも人の時間を奪ってるのに無料は失礼だと感じた。

どんな人も生きるために働いてるので僕も今後の生活を見直していこう。

巨大な要塞

ついに城砦の姿を見ることができた。

標高970mに位置するラフェリエール城は天空の城である。

天気がいいとキューバ本土が見えるらしい。

疲れが一気に飛んで目的地まで一直線だった。

それにしても天気がかなりよくて天候に恵まれている。

ハイチはハリケーンのシーズンもあるので渡航の際は要注意。

入り口には古びた大砲が生々しく残っている。

この城は西半球最大の城でありかなり大きい。

フランスの侵攻から守るために20万人もの奴隷労働者を使って1805年から1817年に建てられと。

ラフェリエール城はハイチのシンボルとしてポスターや通貨として使われている。

ラフェリエール城の魅力

ラフェリエール城の内部にはたくさんの大砲が積み込まれている。

それもとんでもないくらいに。

365門の大砲が設置されており侵略に備えていた。

それだけではなく、5000人の兵士が1年間過ごせる量の食料を貯蓄していた。

非常に素晴らしい設備はラフェリエールの魅力的である。

建物内部は自由に出入りできる。

想像以上に広いこの要塞の観光はまるで冒険している感じだった。

観光客は誰一人おらずガイドと僕のみ。

いつ何があってもいいように警戒はしていたものの彼はかなりいい人で不安はなかった。

むしろ観光の案内より日本について非常に多くの質問をされた。

日本国民としては自国に興味を持ってもらえることにありがたみをかんじる。

ゲームの世界

標高も高く、人もおらず、建物は廃墟と化していたので先ほども言ったようにゲームの世界である。

片道2〜3時間の山を登った甲斐がある。

ずっと猛暑の中歩いていたのでそろそろ休憩する。

美しい景色であればあるほど渡航が難しい。

この場所こそ歳を取ったら確実にいけない場所だろう。

階段を登って振り返るとTHE・お城という景色が目の前にあらわれた。

日本のお城とは全く異なる造りである。

そう思うと海外で城に行ったのはここが初めてだ。

この景色を見て感動しているのにガイドは早く行こうと煽ってくる。

すごい不満な顔をしていたので次の場所へ。

勘違いされること

次は窓から外の景色を見ることにした。

辺り一面は緑で覆われており雲がかかっている。

3時間も歩くと景色が大きく変わるんだと感心。

このラフェリエール城の窓から撮った写真をいろんな人に見せるとあるものと勘違いされる。

それは、マチュピチュである?

この写真をマチュピチュと間違える人が多い。

海外によく行く人やマチュピチュに行ったことある人は間違えないが。

海外経験が少なかったり、行ったことない人は間違える傾向があった。

どうやら山の上に色々と並んでいるからマチュピチュだと感じたらしい。

逆にラフェリエール城だと答えられる人がいたらそれはそれで驚く。

ガイドが語ったこと

引き続きラフェリエール城を周遊続ける。

この城を歩いて適当に写真を撮るだけで映える。

インスタ女子にはオススメである。

しばらくすると一緒にいたガイドが語り始めた。

語ったのはハイチ地震のことだ。

10年前に起きたハイチでの大地震は多くの方が被害に遭った。

彼はラフェリエール城周辺に住んでいたらしく被害はなかったものの他の地域は壊滅的となった。

特に首都のポルトーフランスでは何百万人の人が家を失ったという。

10年経った今も復興は進まず治安は悪化していると。

そのあとに日本でも東日本大震災があったことも知っていた。

自身の知らなかった国が日本について知ってくれるのは何度も言うがありがたい。

謎のメッセージ

観光終盤に不思議な空間に到着した。

この場所の壁面は緑色に変化しており廃墟感がより増していた。

かつてこの場所は収容所として使われていた場所だ。

その姿は生々しく残っている。

出入口からすこし溢れている日差しがこの場所をより神秘的にさせた。

家具なども残されており、壁にはメッセージがある。

英語で書かれていたのでおそらく落書きだろう。

まるでダイイングメッセージのように感じる。

おもしろいことにこの城内に使えるトイレがあった。

中の臭いは想像にお任せする。

そして1〜2時間周って観光が終了。

何一つ文句のない素晴らしい要塞だった。

このあとの帰りの出来事は次の記事で紹介する。

コアな旅が好きな人には是非おすすめの場所です。

ハイチ、なんだかんだで最高です。

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