ブラジルから日本を目指す旅

ドミニカ共和国の首都サントドミンゴ歴史地区の観光と散歩

渡航日:2018/12/3

目覚めのいい朝

ハイチからドミニカ共和国に戻ってきた翌日。

非常に目覚めのいい朝であった。

安心して眠れて、シャワーやベッドがきれい。

そして水や食料と難なく手に入る。

これがどれだけ幸せなことかを感じさせられたよるだった。

日頃日本にいる当たり前が一番幸せなのかもしれない。

朝8時くらいに街歩きをするが、大体の遺跡などは10時オープンが多い。

人気が少ないが悪くはない。

先進国となんら変わらないいい街である。

建物の間から入ってくる朝日が非常に気持ちがいい。

朝が憂鬱になる人も多いが自身は朝が好きである。

ただし、雨が降った日は別。

歴史ある地区

サントドミンゴについて説明しよう。

この地区はコロンブスが新大陸に到着して初めに建てた街。

正確には島国ではあるがアメリカ大陸で最古の街である。

旧市街地はソナコロニアルと呼ばれ観光スポットが集中している。

この辺りをずっと散歩してればサントドミンゴを知れるだろう。

近くにはフェリーターミナルがあるため、大きい船が止まっていた。

この景色はどこかで見た覚えがある。

僕が住んでいる横浜に似ている感じがしていた。

すこし違うのは大砲があるかどうか。

昔カリブは海賊のイメージがあったのでその名残は少し感じた。

苦痛なこと

次に訪れた場所は歴史地区の少し外れ。

現地人の住宅地との境界線である。

少し人気がない静かな場所は大好きだ。

夜は近づきたくない場所だが明るい時はなかなかいい。

太陽が出てるかどうかで景色が大きく変わる。

少し歩くと目の前にはバスケットコートがあった。

普段旅をしている時にバスケットコートを見つけた時は参加させてもらうが今回は難しかった。

理由としては言語の壁。

英語が一切通じず話しかけるのも難しかった。

目の前に好きなものがあるのに手が届かないことより悔しいことはない。

遺跡巡り

次に訪れたのはサンフランシスコ修道院。

アメリカ大陸で最も古い修道院といわれてる。

1508年に建設された古い建物である。

1586年に火災が発生し1673年と1751年の地震によって崩壊したりしたとのこと。

1930年代のハリケーンによって現在の姿になった。

とにかく災難の多い建物である。


 

1800年代後半は精神病院に使われてたこともある。

この修道院は石畳の坂道の上に位置して、当時は街一番の高台にあった。

毎週日曜日の夜には無料の野外ライブがある。

滞在した時は見ることができなかったが機会があればまた行きたい。

サントドミンゴは綺麗な国です。

修道院の目の前には緑が生い茂った公園があり、存在感を漂わせる。

芝生で寝っ転がりたいが荷物を取られそうなのでやめておこう。

この後は周辺を散策してただフラフラしていた。

歩いてるだけで楽しめる町である。

逆に歩くことしか楽しみがない街と言ってもいいだろう。

それは手持ちが少ないからである。

目玉スポット

サントドミンゴ地区のメインスポットへ到着。

この場所は朝9:00からオープンで料金は2USDか100ペソ。

一番乗りで入場したので誰もいなかった。

それどころか観光している間は誰一人来なかった。

独り占めです。

これがサントドミンゴのメインスポットのオサマ要塞。

風に吹かれるドミニカ共和国の国旗を写真に収めるのに必死だった。

なんとか綺麗に撮れたこの写真はお気に入りである。

高さは18.5mと低いがハリケーンを考慮して建設したとのこと。

低層でも門構えは立派である。

城の内部

要塞の内部には展示物は置かれていない。

そのため隙間から入る太陽で神秘的な場所だった。

当時のままの状態で残されているため歴史を感じる。

外は猛暑で歩くと汗が止まらないが、ここは意外にも涼しい。

休憩するにはいい場所だ。

壁にはほんの少しだけ覗ける穴がある。

ここから敵の様子を伺って大砲を撃っていた。

周辺には観光客による落書きがされている。

本来そのようなことはNGだが好き勝手やり放題。

僕と同じ大学の人がケルン大聖堂に落書きしたことを思い出した。

最低限のモラルのある行動をしよう。

城の頂上

高さが高さなので頂上部にはすぐに到着。

特別いい景色とは言えないが頂上は悪くない。

おそらくこの場所が町で一番高い場所に位置する。

町を知るには町の一番高い場所に行くのが一番いい。

どの時代でもトップは高い場所にいる。

目の前には沢山の船が止まっていた。

カリブ諸国はとにかく船を見かけることが多い。

同じ島国の日本と同様である。

首都部の海の綺麗さは圧倒的に異なるが似ている部分も存在する。

飽きたところで次の場所へ。

サントドミンゴ郊外

昼の時間になったのでご飯を食べに行くことにした。

たべるものは昨夜に食べれなかったKFC。

この国はUberが使えるのでサントドミンゴ郊外にあるKFCへ。

値段も味もさほど日本と変わらないが食べてしまう。

食べおわった帰りは歩いて帰ることにした。

食べすぎたためである。

カリブ海沿いをとにかく歩き続けた。

とても綺麗な場所だが、観光客は郊外で見かけることはなかった。

ここで少しドミニカの危険性というものを理解した。

危険だと自身が思ってもそこには必ず誰かしら住んでいる。

写真のように兄弟が仲良く歩いている。

 危険の中にも平和は必ずある。

ドミニカ共和国の国民性

ドミニカ共和国に限らないが、ラテンの人は陽気でフレンドリーである。

海を眺めて歩いていた時に現地のおじいさんが英語で声をかけてきた。

知らない人に声をかけられると警戒をしてしまうが、そんなものは自然と解けていく。

知らない人に声をかけられても

①絶対についていくことはしない

②お金を決して渡さない

③飲み物や食べ物はもらわない

これだけ気をつけていれば大丈夫だろう。

この3つを守り始めてから海外で知り合いが増えた。

先ほど声をかけてきたおじいさんはよく海をみに散歩をしているとのこと。

そのおかげもあって相当な日焼けをしていた。

食事を誘われたりしたが、すでにKFCに行ったのと先ほどの理由もあり断った。

それだけでは悲しい別れなので写真と握手を交わしてお別れ。

そのあとは空港に向かい、アメリカを目指した。

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